2007年ごろ購入、組立。ウェザリングまで行って「完成」したのは2015年6月。
Bought and assembled around 2007. Final painted and completed in June 2015.
2017年撮影。
Taken in 2017.
模型の楽しみ方は人それぞれだと思います。プロでない限り、「考証のしっかりしたものを作る」ことは絶対条件でなく、考証が違っていても、ただの趣味なんですから、「楽しく模型を作る」ことのほうが重要だと思っています。モスクワ攻防戦にティーガー戦車が登場したって、空母赤城に彗星艦爆が乗っていたっていいじゃないですか、本人が楽しく作ったのであれば。
世の中には、考証的におかしいものを見ると虫唾が走って黙っていられない人がいるようですが、そういう方のタワゴトは華麗にスルーしましょう。(^^)
というわけで、T34の詳しいタワゴトが出てきますが、皆様におかれましては、気にせず「楽しく模型を作る」ことをオススメします。(プロはダメです。)
キットは1942年秋から43年末まで、第112工場(クラスナイェ・ソルモヴォ工場)で生産された型です。キット名称は「1941年型」となっていますが、「このピロシキ型砲塔は生産時期にかかわらず、型式としてはすべて1941年型と定義した」ということでしょう。
このキット、現代の正確な考証で発売された、と言いたかったのですが。。。
・転輪が初期型。写真からすると、43年の春頃には簡略転輪になったよう。
・機銃防盾は、43年夏(春?)以降装備。
写真中の青字はキットがよく再現している112工場の特徴で、赤字は気になる部分です。
第112工場で最初に生産した数百輌は、戦線が危機的状況でディーゼルエンジンが届かず、やむなくBT戦車のガソリンエンジンを組み込んだので、排気管の間の丸形ハッチの形状が少し違います。ドラゴンではこの初期型も発売していました。初期型は操縦手ハッチ前の跳弾板もないようですが、各部の手すりは、112工場では生産したすべてに取り付けられていました。
ちなみに112工場では六角砲塔型は生産していません。1943年末まで写真のタイプが生産され、直後にT-34-85の生産が始まりました。
写真は無改造です。今回、キットのデカール「ソビエト・エストニアのために」を使いましたが、完成後に実写写真を確認したところ、転輪は新型ですがそこまで修正はしないとして、機銃の防盾がないじゃないですか!
ま、まあ、写真は1個中隊分ぐらいの集団で、全部同じスローガンを付けているので、写っていないところに防盾ありの車両があったことにしましょう。と思ったら、スローガン付きの車両は、手前の2両だけのようです。orz